Feb.14 AFTERNOON ~HARUKA 01~
よく転ぶアイドル-天海春香は、衝撃的な場面に遭遇していた。
私が来たとき、事務所の応接間は無人だった。
しかし、どうやらプロデューサーさんと千早ちゃんがいるらしい。
アイドルの人数が少ない、これは好都合だ、と手に持っているものを見ながら微笑む私。
今日のわた春香サンは気合十分ですよー。
気分揚々と二人を探す。
事務所内をしばらく進んだところにある会議室。
ドアを通り過ぎて、会議室の中腹に差し掛かったところで、ふと横を見る。
廊下に面した壁には、会議室内部が見えるような窓がある。
そこから見た室内に、二人の姿を見つけた。
中の声は聞こえない。
二人を見つけた私は、手を振ってみる。
…。
気づかない。
変な顔でもしようか、と思ったところで、
「ん?」
なんだか二人の表情がいつもと違うことに気づいた。
なんとなく声をかけられる雰囲気でないように思えてたので、手を下ろす。
そして、その場でしゃがみ、廊下越しの窓から様子を見ようと思った。
窓枠に手をかけ、こっそりと顔だけ出す格好にする。
手を振った時も気づいていなかったようなので、ばれてはいないだろう。
アイドルがこんな姿…という厳しい現実はとりあえず置いておいて、と。
室内の様子を伺うと、
どうやらプロデューサーが一方的に千早に何かを喋っているようだ。
内容は聞き取れないが、真剣な表情をしているのがわかる。
あんなに真剣な表情の二人を、こういう場所で見るのは初めてだ。
二人が真剣に何かをしているのは、レッスン中がほとんどだ。
お互いの主張がぶつかり口論になっている時には、いつもああいう表情をしていた。
しかし、会議室の中での二人の様子は、レッスンのときとは違うように思える。
むしろもっと、こう何というか、
「ど、ドラマで見た、お、男の人と女の人の関係みたい…」
密室で男女が二人。
なにやら真剣なムード。
無言の千早。
しゃべり続けるプロデューサー。
そして、今日はバレンタイン…。
「!」
も、もしかして…!
「こここここ告白…」
自分で言ったせりふにあわてて口をふさぐ。
そして、意味もなく赤面してしまう。
心を落ち着けるべく、手にしたものを見る。
落ち着け、落ち着け私…。
ややあって、心の平静を取り戻す。
そして考える。
つまりは、こういうことだろうか。
事務所に二人きりだと知ったプロデューサーが、会議室に赴く。
会議室には千早が一人。
意を決して、プロデューサーが口を開く。
『俺はお前のことが』
きゃー!きゃー!きゃーー!!
再び赤面、今度は声を出さずにいれた。
どどど、どうしよう。
とにかく、一刻も早くここから離れないと-そう思った瞬間だった。
千早が立ち上がり、なにやら大声を上げたようなしぐさをする。
「ひゃっ」
声は聞こえないが、なにやら強力な威圧感のようなものを感じ、
あわてて、覗かせていた頭を引っ込ようとする。
その際に、あまりの動揺で体を大きく動かしてたようだ。
はずみで腕をぶつけてしまった。
痛みをこらえながら、なんとか壁に背を預け、体を縮みこませる。
ふぅ…
目を閉じ、どきどきしている心臓を落ち着かせる。
どれほどそうしていただろうか、ようやく落ち着いたと思えた時だった。
ガチャ、キィ…
今度こそ、心臓が止まりそうになった。
いったい何度驚けばいいのだろう。
とにかく、扉が開いた。
私は更に体を縮みこませる。
誰かが出てきたのだろうか?
時間差でドアの閉まる音がする。
ど、どうしよう…。
心の中でそう呟くが、ばればれだろう。
謝罪の言葉を考えつつ、恐る恐るドアの方を見る。
すると、長い髪の後姿がすごい速度で離れていくのが見える。
千早ちゃんだ。
千早が、自分のいる位置とは正反対の方-応接間の方に向かっていくのが見える。
「気づかなかった…のかな」
なんというか、焦った。
「と、とにかく早くここから移動しないと」
千早にはばれていないかもしれないが、このままここにいたらプロデューサーに見つかる。
そう思った私は、しゃがんだ姿勢のまま、ゆっくりと窓枠からはみ出さないように移動する。
こんなところで覗き見をしていたってばれたら、
「嫌われちゃうよね…」
ああ、でもプロデューサーさんは千早ちゃんのこと…。
思ってしまって、急にへこんできた。
それがいけなかったのだろうか。
立ち上がり、足早にこの場を後にしようとして、
「ちょ・・・」
足がもたついて、絡まって、
「うわっ・・・こんなときに・・・」
なんとか踏ん張ろうとするが、
「ころん・・・じゃ・・・きゃあああ」
何もこんなときにー!
と思いながら、踏ん張れるはずもないまま、転ぶ。
どんがらがっしゃーん
天海春香は、よく転ぶアイドルである。
期待は裏切らない。
つづく